はじめに

ニューロダイバーシティ(neurodiversity)という言葉は、1990年代末にオーストラリアの社会学者 Judy Singer(ジュディ・シンガー)と米ジャーナリスト Harvey Blume(ハーヴィー・ブルーム)の仕事を起点として広がり、自閉症(ASD)をはじめとする神経学的多様性を人類の自然なバリエーションとして捉え直す社会運動・理論的枠組みへと成長してきました。本記事ではニューロダイバーシティ 歴史の流れを、一次文献にあたれる範囲で整理し、当事者運動の前史、3つの理解モデル、主要組織と論争、そして日本での受容までをたどります。なお、戦後に広まった否定的な診断史(冷蔵庫マザー仮説など)については別記事 冷蔵庫マザー仮説と自閉症診断史 で詳述しています。本記事は、それに対する「1990年代以降の肯定的運動史」に焦点を絞ります。

前史:自閉症自己権利擁護運動(1990年代前半)

ニューロダイバーシティ運動は、ある日突然生まれたわけではなく、1990年代前半の自閉症当事者による自己権利擁護(self-advocacy)運動を土壌として立ち上がりました。象徴的なテキストが、Jim Sinclair が1993年に International Conference on Autism(Toronto)で発表したエッセイ "Don't Mourn for Us"(「私たちのために嘆かないで」)です。Sinclair は、自閉症は取り除ける外皮ではなく本人の存在そのものであり、「自閉症を治す」という願いは「今ここにいる子どもではなく、存在しない別の子どもを求めること」に等しいと論じました(Sinclair, 1993)。

このエッセイは、オンライン・コミュニティ Autism Network International(ANI、Sinclair らが1992年に共同設立)を通じて世界の当事者に共有され、「当事者の視点から自閉症を語る」という語りの形式を確立しました。後の運動はこの声の地層の上に築かれることになります(Kapp, 2020)。

用語の誕生:Singer と Blume(1998-1999)

「ニューロダイバーシティ」という語がはじめて活字で公に登場したのは、1998年9月30日の米 The Atlantic 誌オンライン版に Harvey Blume が寄稿した記事 "Neurodiversity: On the neurological underpinnings of geekdom" とされています(Blume, 1998)。Blume は「神経多様性は生物多様性と同じくらい重要である」と書き、自閉症的な認知をインターネット時代の知的生態系の中に位置づけました。

同時期、Judy Singer は1998年に University of Technology Sydney に提出した修士論文で neurodiversity の概念を理論化し、その改訂版が1999年に編著 Disability Discourse(Corker & French 編)の一章として刊行されました(Singer, 1999)。Singer は自身も自閉スペクトラム家族の当事者として、障害学(disability studies)の枠組みを神経学的差異に拡張し、**「神経学的マイノリティ(neurological minority)」**というカテゴリの政治的意義を論じました。

Blume と Singer がほぼ同時に同じ語を用いたため、「誰が造語したか」は完全には確定しませんが、Singer 本人はブログや後年のインタビューで、修論執筆中に概念を形成し、関連するメーリングリスト上で使っていたと述べています。研究史としては 「1998〜1999年に複数の当事者・論者の相互作用の中で成立した用語」 と記述するのが最も安全です(Kapp, 2020)。

3つの理解モデル:医療モデル/社会モデル/ニューロダイバーシティ・パラダイム

ニューロダイバーシティの位置づけを理解するには、障害学で整理されてきた3つのモデルを並べて比べるのが有効です。

モデル困難の所在介入の方向代表的立場
医療モデル(medical model)個人の中にある「障害」「欠損」診断・治療・リハビリで正常に近づける従来の精神医学、多くの早期介入プログラム
社会モデル(social model)社会の側の障壁(環境・制度・態度)環境調整・合理的配慮・差別撤廃英国障害学、Oliver ら
ニューロダイバーシティ・パラダイム神経学的多様性そのものは差異であり病理ではない。困難は差異と環境の相互作用から生じる病理化の縮小、権利保障、自己決定、支援の再設計Singer, Kapp, ASAN ほか

ニューロダイバーシティ・パラダイムは社会モデルを完全に置き換えるものではなく、神経学的差異に特有の問題(内的な苦痛、併存症、コミュニケーション様式の差異)を扱うために社会モデルを拡張した枠組みと位置づけられます(Kapp, 2020)。一方で Jaarsma & Welin(2012)は、重度知的障害を伴う自閉症当事者の苦痛まで「差異」として肯定するのは過剰一般化であり、ニューロダイバーシティ主張は 「高機能自閉症に限定して妥当」 であると論じ、運動内外に議論を呼びました。

組織化:ASAN と当事者主導の政策運動

運動が制度的な影響力を持ち始めたのは、当事者主導の組織が整った2000年代半ば以降です。代表格が ASAN(Autistic Self Advocacy Network、2006年設立) で、Ari Ne'eman と Scott Robertson によってワシントンD.C.に設立されました。ASAN は「Nothing About Us, Without Us(私たち抜きで私たちのことを決めるな)」をスローガンに、連邦政府の自閉症関連政策への当事者参画を求めてきました(Kapp, 2020)。Silberman(2015)は NeuroTribes の中で、こうした当事者組織の台頭を、親の会主導の支援運動から当事者主導のアドボカシーへの重心移動として描いています。

同書は一般読者向けに自閉症史を俯瞰した重要な二次文献であり、ニューロダイバーシティ運動を広く社会に知らしめるうえで大きな役割を果たしました。ただし NeuroTribes はジャーナリスティックな歴史記述であり、一次史料としての扱いには注意が必要です。

主要論争:治療派 vs 受容派、profound autism、言語

運動の広がりと並行して、複数の論争が継続しています。本記事では両論併記で概観します。

治療派 vs 受容派

治療志向の立場は、自閉症の中核症状(特にコミュニケーションや適応行動の困難)を軽減する介入(ABA、薬物療法、将来的な生物学的治療)を重視します。一方、受容志向のニューロダイバーシティ寄りの立場は、治療そのものを否定するわけではないものの、目標を「定型発達に似せること」ではなく「本人の QOL と自律性」に置き直すことを主張します(Kapp, 2020)。両者は対立軸で描かれがちですが、Kapp(2020)の編著では、多くの当事者が「特定の併存症(不安・抑うつ・てんかん等)の治療は望むが、自閉症そのものの治療は望まない」と答えている調査結果が紹介されており、実際の立場はグラデーションです。

Profound autism をめぐる議論

2022年に医学誌 The Lancet 上で発表された Lancet Commission on the future of care and clinical research in autism は、重度の知的障害・最小限の言語・生涯支援を要する層を指すカテゴリとして "profound autism" の用語使用を提案しました(Lord et al., 2022, Lancet)。支持派は、研究・政策の資源配分を明確化し、重度当事者の医療ニーズを可視化できる利点を強調します。一方、ASAN を含む多くの当事者団体は、この区分が再び「高機能/低機能」の二元論を復活させ、ニューロダイバーシティ運動が20年かけて崩そうとしてきた階層を補強しかねないと批判しています(Kapp, 2020 の議論延長線上)。この論争は現在進行形で、日本語圏でも訳語と運用が定まっていません。

Identity-first vs Person-first language

英語圏では、"autistic person"(identity-first)か "person with autism"(person-first)かという呼称論争も続いています。英語圏の当事者調査では identity-first を好む比率が高いことが繰り返し報告されていますが(Kapp, 2020 所収の章)、家族会・臨床家は person-first を推奨する傾向があります。日本語では「自閉症者」「自閉症のある人」の選択に相当しますが、英語圏ほど鋭い対立にはなっていません。

日本での受容

日本ではニューロダイバーシティ概念は2010年代後半から徐々に広がりました。Silberman NeuroTribes の邦訳『自閉症の世界』(正高信男・入口真夕子訳、2017年)が一般読者への入り口となり、その後、当事者によるブログ・書籍・SNS 発信、企業の多様性施策、経済産業省による「ニューロダイバーシティ推進」事業(2022年〜)などを経て、行政・ビジネスの語彙にも入り始めました。ただし日本国内では学術的な受容・批判的検討はまだ蓄積が薄く、運動としての組織化も米国ほど進んでいません。診断基準の歴史的偏りについては 成人女性 ASD の過少診断 の記事も合わせて参照してください。

研究の限界と注意点

ニューロダイバーシティ 歴史を記述する際には、以下の限界に留意する必要があります。

  • 史料の偏り: 初期のやり取りはメーリングリスト・個人サイト・会議発表が中心で、一次史料の保存状況が均一ではありません。Archive.org などで一部再構成されていますが、欠落も残ります
  • アクティビズムとアカデミアの緊張: 運動内部からの歴史記述と、学術的な歴史記述は必ずしも一致しません。Kapp(2020)はこのギャップを意識してオープンアクセスの編著として刊行されました
  • 代表性の問題: 英語圏・高学歴・書字可能な当事者が記述の主体となりやすく、重度知的障害を伴う当事者や非英語圏の声が十分に反映されていないという指摘があります(Jaarsma & Welin, 2012 の懸念と響き合う論点)
  • 用語の流動性: neurodivergent / neurodiverse / neurotypical などの派生語は主に Kassiane Asasumasu ら当事者論者により2000年代以降に整備されましたが、学術的定義は完全には固定していません

おわりに

ニューロダイバーシティ運動は、1993年の Sinclair "Don't Mourn for Us"、1998年の Blume と Singer による用語化、2006年の ASAN 設立、2015年の NeuroTribes 刊行、そして2020年代の profound autism 論争へと、30年ほどの短い、しかし濃密な歴史を積み重ねてきました。それは、ADHD や ASD を「治すべき病」ではなく「差異」として扱い直す試みであると同時に、治療・支援・研究のあり方そのものを問い直す運動でもあります。本記事が、読者がこの運動の原典にあたり、自分自身の立場を吟味する出発点になれば幸いです。

参考文献

  1. Blume, H. (1998, September 30). Neurodiversity: On the neurological underpinnings of geekdom. The Atlantic. https://www.theatlantic.com/magazine/archive/1998/09/neurodiversity/305909/
  2. Jaarsma, P., & Welin, S. (2012). Autism as a natural human variation: Reflections on the claims of the neurodiversity movement. Health Care Analysis, 20(1), 20–30. https://doi.org/10.1007/s10728-011-0169-9
  3. Kapp, S. K. (Ed.). (2020). Autistic community and the neurodiversity movement: Stories from the frontline. Palgrave Macmillan. (オープンアクセス)https://doi.org/10.1007/978-981-13-8437-0
  4. Lord, C., Charman, T., Havdahl, A., Carbone, P., Anagnostou, E., Boyd, B., ... McCauley, J. B. (2022). The Lancet Commission on the future of care and clinical research in autism. The Lancet, 399(10321), 271–334. https://doi.org/10.1016/S0140-6736(21)01541-5
  5. Silberman, S. (2015). NeuroTribes: The legacy of autism and the future of neurodiversity. Avery.
  6. Sinclair, J. (1993). Don't mourn for us. Our Voice (Autism Network International newsletter), 1(3).
  7. Singer, J. (1999). "Why can't you be normal for once in your life?" From a "problem with no name" to the emergence of a new category of difference. In M. Corker & S. French (Eds.), Disability discourse (pp. 59–67). Open University Press.