はじめに

ADHD(注意欠如・多動症: Attention Deficit Hyperactivity Disorder)は作られた病気だ」「ADHD 過剰診断が横行している」——こうした主張はインターネット上で根強く、当事者やその家族を不安にさせることがあります。一方で、診断率の上昇が本当に過剰なのか、それとも見逃されてきた人々がようやく適切な評価を受けるようになった結果なのかについては、長年にわたる学術的な議論が続いています。本記事では、「ADHDは存在しない」という言説の起源をたどり、過剰診断と過少診断の両面のエビデンスを整理したうえで、科学が示すADHDの生物学的基盤を解説します。

「ADHDは作られた病気」言説の起源

ADHDの存在そのものを否定する主張には、いくつかの系譜があります。精神科医Thomas Szaszは1960年代から精神疾患の概念自体を「社会的統制の道具」と批判し、その文脈でADHDにも懐疑的な立場をとりました。1990年代にはPeter Bregginが著書の中でADHD診断と精神刺激薬の使用を強く批判しています。

特に広く引用されるのが、ADHDの診断基準策定に貢献した精神科医Leon Eisenbergの「最後の告白」とされる発言です。2012年、Eisenbergの死去直前のインタビューがドイツの雑誌Der Spiegelに掲載され、「ADHDは作られた病気の典型例だ」と述べたとして世界中で拡散しました。しかし、原文を精査すると、Eisenbergが実際に懸念したのは診断の安易な拡大と薬物療法への過度な依存であり、ADHDという疾患が「存在しない」と主張したわけではありません(Hinshaw & Scheffler, 2014)。この誤引用の問題は、科学的議論がメディアを通じて歪曲される典型的な事例として重要です。

診断率の国際比較:数字が示す現実

ADHDの有病率に関する大規模なメタ分析では、世界全体の推定有病率は子どもで約5.29%と報告されています(Polanczyk et al., 2007)。Thomas ら(2015)もPediatrics誌で同様の推定値を示しています。一方、米国CDC(疾病対策予防センター)の調査では、2022年時点で子どもの約11.4%がADHDの診断を受けており、疫学的推定値との乖離が指摘されています。

この地域差には複数の要因が絡んでいます。保険制度(診断がないと支援を受けられない仕組み)、教育制度(特別支援の利用要件としての診断)、そして文化的な認識の違い(多動をどの程度「問題」とみなすか)が診断率に影響を与えます。つまり、診断率の高さが即座に「過剰診断」を意味するわけではなく、制度的・文化的文脈を踏まえた解釈が必要です。

過剰診断を支持するエビデンス

ADHDの過剰診断を示唆する研究知見も確かに存在します。Hinshaw & Scheffler(2014)は著書The ADHD Explosionで、以下の要因を指摘しています。

相対年齢効果は最も再現性の高い知見の一つです。学年内で最も誕生日が遅い(つまり最年少の)子どもは、最年長の子どもと比較してADHDと診断される確率が有意に高いことが複数の国の研究で確認されています。年齢相応の未成熟さが症状と混同されている可能性を示しています。

製薬企業のマーケティングも議論の対象です。特に米国では、1990年代以降にADHD治療薬の直接消費者広告(DTC広告)が増加し、疾患認知の拡大と診断率の上昇が並行しました。

Sciutto & Eisenberg(2007)はJournal of Attention Disorders誌のレビューで、過剰診断の可能性を検討しつつも、利用可能なエビデンスは「ADHDが体系的に過剰診断されている」という結論を必ずしも支持しないと慎重な立場を示しています。

過少診断の論拠:見逃される人々

過剰診断の議論の陰で見落とされがちなのが、適切な診断を受けられていない層の存在です。

女性のADHDは長年にわたり過少診断されてきました。不注意優勢型が多く、多動・衝動性が目立ちにくいため、幼少期に見逃されやすい傾向があります。成人のADHDも同様で、子ども時代に診断されなかった人々が大人になってから困難を抱えるケースは少なくありません。低所得層やマイノリティでは、医療アクセスの格差によって診断機会そのものが制限されています。

Moffitt ら(2015)はAmerican Journal of Psychiatry誌に発表したDunedin研究(ニュージーランドの出生コホート、n=1,037)の分析で、成人期に初めてADHD症状が確認されたように見えるケースの多くが、実際には子ども時代にすでに症状が存在していたが見逃されていたことを報告しています。この知見は、「過剰診断」の裏側に「過少診断」が併存している複雑な現実を浮き彫りにしています。

生物学的基盤のエビデンス:ADHDは脳の違いである

ADHDが「作られた病気」ではないことを示す最も強力な根拠は、生物学的研究の蓄積です。

神経画像研究では、ADHDのある人の前頭前皮質(実行機能を担う脳領域)の成熟が定型発達の人と比較して平均3年程度遅延していることが報告されています。また、大脳基底核や小脳の体積差も繰り返し確認されています。

遺伝学的研究では、ADHDの遺伝率(遺伝要因が占める割合)は約76%と推定されています(Faraone, 2005)。これは身長や体重の遺伝率と同程度であり、ADHDに強い生物学的基盤があることを示しています。近年のゲノムワイド関連解析(GWAS)でも、ADHDに関連する複数の遺伝子座が同定されています。

これらのエビデンスが示すのは、ADHDは「存在しない」のではなく、連続的な特性のスペクトラム上にDSM-5-TR(精神疾患の診断・統計マニュアル第5版テキスト改訂版)が定めた診断閾値が設定されているということです。閾値をどこに引くかという問題と、特性そのものの存在は別の議論です。

「存在するか」ではなく「どう適切に診断するか」

ここまで見てきたように、ADHDの過剰診断と過少診断はいずれも実在する問題です。重要なのは、「ADHDは本当に存在するのか」という問いから、「どうすればADHDを適切に診断できるのか」という問いへ議論を進めることです。

適切な診断のためには、以下の点が重要です。

  • 包括的な評価: 症状チェックリストだけでなく、生育歴、行動観察、心理検査を組み合わせた多面的な評価を行う
  • 文脈の考慮: 年齢、性別、文化的背景、併存症の可能性を考慮する
  • 鑑別診断の徹底: 不安障害やうつ病、睡眠障害など、ADHD様の症状を呈する他の疾患を適切に鑑別する

ニューロダイバーシティの観点からは、ADHDを「病気か否か」の二項対立で捉えるのではなく、神経発達の多様性の一つとして理解する枠組みも広がっています。診断の歴史と現在の議論の全体像についてはニューロダイバーシティ運動の歴史自閉症診断の歴史と誤解も参考になります。大人のADHD診断の具体的な流れについては大人のADHD診断ガイドで解説しています。

おわりに

「ADHDは作られた病気である」という主張は、科学的エビデンスによって支持されていません。神経画像研究や遺伝学的研究は、ADHDに明確な生物学的基盤があることを繰り返し示しています。一方で、相対年齢効果や地域間の診断率格差など、診断の正確性に関する正当な懸念も存在します。過剰診断と過少診断の両方が同時に起きているというのが、現在のエビデンスが示す現実です。必要なのは、ADHDの存在を否定することではなく、すべての人が適切な評価と支援を受けられるよう診断の質を高めていくことです。

参考文献

  1. Faraone, S. V. (2005). The scientific foundation for understanding attention-deficit/hyperactivity disorder as a valid psychiatric disorder. European Child & Adolescent Psychiatry, 14(1), 1–10. https://doi.org/10.1007/s00787-005-0429-z
  2. Hinshaw, S. P., & Scheffler, R. M. (2014). The ADHD explosion: Myths, medication, money, and today's push for performance. Oxford University Press.
  3. Moffitt, T. E., Houts, R., Asherson, P., Belsky, D. W., Corcoran, D. L., Hammerle, M., Harrington, H., Hogan, S., Meier, M. H., Polanczyk, G. V., Poulton, R., Ramrakha, S., Sugden, K., Williams, B., Rohde, L. A., & Caspi, A. (2015). Is adult ADHD a childhood-onset neurodevelopmental disorder? Evidence from a four-decade longitudinal cohort study. American Journal of Psychiatry, 172(10), 967–977. https://doi.org/10.1176/appi.ajp.2015.14101266
  4. Polanczyk, G., de Lima, M. S., Horta, B. L., Biederman, J., & Rohde, L. A. (2007). The worldwide prevalence of ADHD: A systematic review and metaregression analysis. American Journal of Psychiatry, 164(6), 942–948. https://doi.org/10.1176/ajp.2007.164.6.942
  5. Sciutto, M. J., & Eisenberg, M. (2007). Evaluating the evidence for and against the overdiagnosis of ADHD. Journal of Attention Disorders, 11(2), 106–113. https://doi.org/10.1177/1087054707300094
  6. Thomas, R., Sanders, S., Doust, J., Beller, E., & Glasziou, P. (2015). Prevalence of attention-deficit/hyperactivity disorder: A systematic review and meta-analysis. Pediatrics, 135(4), e994–e1001. https://doi.org/10.1542/peds.2014-3482