要約
過剰診断(Overdiagnosis)とは、本来は診断基準を満たさない、もしくは臨床的介入が不要な状態に対して診断が付与されることを指し、ADHDにおいては国際的に継続的な議論の対象となっています。
定義
過剰診断とは、真に疾患を有さない個人に対して診断が与えられること、あるいは治療を行わなくても生涯にわたり症状を引き起こさなかったであろう状態を疾患として検出することを指す。
— Moynihan, R., Doust, J., & Henry, D. (2012), BMJ
背景・要点
ADHDの過剰診断(Overdiagnosis)をめぐる論争は、1990年代後半から欧米を中心に続いています。米国ではCDC(疾病対策センター)の調査で、4〜17歳の子どものADHD診断率が2003年の7.8%から2016年の9.4%に上昇しました。この上昇が疾患の真の増加を反映しているのか、それとも過剰診断を反映しているのかが論争の焦点です。
過剰診断を示唆する研究として、「相対年齢効果(Relative Age Effect)」の知見があります。複数の国で、学年の中で最も生まれ月が遅い(つまり最も幼い)子どもほどADHDと診断される確率が高いことが報告されています(Layton et al., 2018)。これは、年齢相応の未成熟さが多動や不注意として誤って解釈されている可能性を示唆しています。
一方で、過剰診断の議論には対極の問題 — 過少診断(Underdiagnosis) — も存在します。女性、成人、高IQ層、ASDとの併存例では、ADHDが見落とされやすいことが知られています。過剰診断を過度に警戒することが、本来支援を必要とする人のアクセスを阻害するリスクもあります。
Thomas et al.(2015)は、ADHDの過剰診断と過少診断は対立する現象ではなく 同時に存在しうる と指摘しています。ある集団(学年末生まれの男児など)では過剰診断が生じている一方、別の集団(成人女性など)では深刻な過少診断が見られるという構造的問題です。
処方データの観点では、メチルフェニデートの処方量は多くの先進国で増加傾向にありますが、これ自体が過剰診断を直接証明するものではなく、以前は未治療だった層への適切なアクセス拡大を反映している可能性もあります。
実践でのポイント
- 「増えている=過剰」と短絡しない: ADHD診断数の増加には、社会的認知の向上、診断基準の精緻化、医療アクセスの改善など複合的要因が関与しています。数字だけを見て「診断しすぎ」と結論づけることは、過少診断されている層の不利益につながります。
- 診断の質を問う視点を持つ: 過剰診断を防ぐうえで重要なのは、包括的なアセスメントの実施です。DSM-5-TRの基準に照らした丁寧な面接、発達歴の聴取、複数の情報源(本人・家族・教師など)からの情報収集、他の疾患との鑑別が適切に行われているかが鍵となります。
- 当事者を過剰診断論争の「材料」にしない: メディアや一般の議論で「ADHDは過剰診断されている」と繰り返されることで、診断を受けた当事者が自身の困難さを疑い始めたり、周囲から「本当は違うのでは」と言われて傷つくことがあります。過剰診断の議論は疫学・制度レベルの問題であり、個々の当事者の経験を否定するものではないことを理解してください。
参考文献
- Moynihan, R., Doust, J., & Henry, D. (2012). Preventing overdiagnosis: How to stop harming the healthy. BMJ, 344, e3502. https://doi.org/10.1136/bmj.e3502
- Layton, T. J., Barnett, M. L., Hicks, T. R., & Jena, A. B. (2018). Attention deficit–hyperactivity disorder and month of school enrollment. New England Journal of Medicine, 379(22), 2122–2130. https://doi.org/10.1056/NEJMoa1806828
- Thomas, R., Sanders, S., Doust, J., et al. (2015). Prevalence of attention-deficit/hyperactivity disorder: A systematic review and meta-analysis. Pediatrics, 135(4), e994–e1001. https://doi.org/10.1542/peds.2014-3482