要約
マスキング(Masking)は、ASD当事者が自身の特性を他者から隠すために行う適応戦略の総称です。反復的な動作(スティミング)の抑制、違和感のある表情管理、困惑や感覚過敏の兆候を押し殺す行動などが含まれます。社会的受容を得る一方、慢性的な疲労や自己同一性の希薄化を招く負の側面が指摘されています。
詳細
マスキングという概念は、2010年代以降の成人ASD研究、特に女性ASDの過少診断問題と結びついて注目されるようになりました。Hull ら(2017)の質的研究では、ASD成人が「特性を隠す(masking)」行動を日常的に行っていること、それが診断の遅れや精神健康の悪化と関連していることが示されました。
マスキングはしばしばカモフラージュ(camouflaging)と同義で用いられますが、より厳密には 「自閉的特性を表に出さないよう抑制する側面」 を指します。カモフラージュが「定型発達者のふるまいを能動的に模倣する」側面を含むのに対し、マスキングは「自分の反応を抑える・隠す」という受動的・抑制的な側面に焦点があります。
臨床的には、長期的なマスキングは autistic burnout(自閉性バーンアウト) やうつ・不安症の発症リスクを高めることが報告されており(Cage & Troxell-Whitman, 2019)、支援の現場では「マスキングを無理に続けない環境設計」が推奨されます。女性ASDが成人まで診断に至らない背景としても、マスキング能力の高さが指摘されています。
参考文献
- Hull, L., Petrides, K. V., Allison, C., et al. (2017). "Putting on my best normal": Social camouflaging in adults with autism spectrum conditions. Journal of Autism and Developmental Disorders, 47(8), 2519-2534. https://doi.org/10.1007/s10803-017-3166-5
- Cage, E., & Troxell-Whitman, Z. (2019). Understanding the reasons, contexts and costs of camouflaging for autistic adults. Journal of Autism and Developmental Disorders, 49(5), 1899-1911.